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黒龍江省生活報 (2011年9月29日)

上海地下鉄追突事故について

地下鉄10号線は既に何度も事故を起こしている!? 27日、上海地下鉄10号線で追突事故発生後、様々な疑問点が浮上。10号線はなぜ何度も事故が起きるのか、なぜ事故発生後5時間も経たずに運行再開するのか…。

■■訳者ひとりごと■■
相次ぐ上海での列車事故。私ももうすぐ(4日から)上海を訪れる予定なので少し心配です。 昨日から上海に旅行に出かけたクラスメイト(タイ人)からの連絡では、「南京東路の駅は午後4時までしかあいてない。それから 検査とか調査とかしてるのかな?」とのことでした。どうせなら全日閉鎖にして徹底調査すればいいのに、、、4時までの間に何かあったら どうするんだろう??と、素人的思考では思うのですが。。

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
上海地下鉄事故で合計284名の負傷者発生
治療、診察費支払い不要
沈 文敏
  28日の統計によると、上海地下鉄10号線の追突事故の負傷者は計284名にのぼり、それぞれ9箇所の病院で治療、検査を行った。上海市関連部門は、事故による負傷者の診察、治療、検査費用は病院にて記録、後に関連部門がまとめて支払いをする為、負傷者は一切の支払い不要、と発表した。
  調べによると、追突事故により284名は相次いで瑞金医院、長征医院等9箇所の病院にて診察、検査を受けたそうである。診察、検査を受けた者の内、189名が既に病院を出、入院及び経過観察者が95名いるとのこと。最年長は85歳で、最年少は6カ月、70歳以上のお年寄りが18名、12歳以下の子供は3名、他地区出身者は7名でそのうち4名は既に病院を出ており、3名は軽傷であったとの事である。現在のところ、病院に残っている負傷者の症状は安定しており、重傷者はいないとのこと。
  負傷者のうちの一人、双子を妊娠中の王さんは27日夜に既に産婦人科に転院した。検査の結果、各項目全て正常値であり、病院では現在慎重に看護、関連治療をしているところである。他、6カ月の乳児も27日夜に児童医院に転院して治療を受けており、当日病院を後にしたそうである。

信号配信会社『卡斯柯』社、取材拒否
受付嬢、写真を撮られる事に気づき、机の下に隠れる。
≪法制晩報≫報道より
  追突事故が発生した上海地下鉄10号線、その信号システム配信元はまさに前回(高速鉄道事故発生の)甬温線と同じ、『卡斯柯』社である。28日9時ごろ、記者が『卡斯柯』に電話をかけたところ、ずっと誰も電話に出ない状態であった。10時50分頃、ようやく電話が通じたものの、つながったとたんに直接受付に転送され、受付係員から“広報及び関連責任者が外出している”という理由により転送を拒否され、慌てた様子で電話を切られてしまった。
  他メディアの報道によると、記者が急いで天目中路にある凱旋門大厦の当該会社所在地に駆け付けたところ、思わぬことに、ロビーが警備員により閉鎖設定されていた。ビル警備員は、オーナーの要望により、記者を入れる事は出来ないと話したらしい。最終的に記者はなんとかして27階まで上がったものの、『卡斯柯』社の出入り口はぴたりと閉じられており、侵入できない様厳戒態勢がとられ、入ることはが出来ない状態となっていた。ガラス張りの扉部分からは社内に多くの社員が働く姿が見られたが、記者が何度ベルを鳴らしても、入口にいる受付嬢は扉を開けようとはしなかった。また、記者が戸口で何を叫べど、まるで存在しないかのように扱われた。また、この時ちょうど退社時間に近かった為、たまに会社から出てくる者もいて、記者は即座に質問を浴びせたが、誰一人として取材に応じようとはしなかった。扉の外から、記者がカメラを取り出し写そうとすると、それまで受付に姿を見せていた受付嬢はなんと、机の下にうずくまり、その後一切顔を出そうとしなかった。
  記者はまた、何度も『卡斯柯』社のホームぺ―ジにアクセスしたが、アクセス不能な状態になっていたという。

【疑問その一】
事件発生前に警報が鳴っていたのに何故警戒体制をとらなかったのか?
  多くの、当時の乗客の話によると、事故発生前に、長時間列車が停車する事態が発生しており、また、上海地下鉄のホームページでは14:14,14:17,14:20にそれぞれ“緊急運営情報”として、“現在、上海地下鉄10号線は設備の故障の為、南京東路から交通大学までの区間において列車は速度制限運行中である、従って発車時間の間隔に遅れが出ている。”と発表されたという。
  ネットユーザーからは、ホームページで既に十分に、運営側が設備故障について知っている事を説明していたにも関わらず、何故警戒体制を取らなかったのか、このために事故が発生したのではないのか?と言う疑問の声が浮上した。
【疑問その二】
今年8月2日、上海ネットユーザー、『安生小宝』が初めてネット上で地下鉄の故障の情報を公開。“10号線故障!扉が開かず、乗客は並んで車掌室から出るしかなかった。”
  2009年12月22日、地下鉄上海駅付近で、上海地下鉄1号線の2車両が側面衝突し、車掌室に損傷が出るなどの結果となった。   今年1月、上海10号線の多くの駅で漏水の報告があった。
【疑問その三】
安全会議を開いたその直後に何故この様な事故が起こったのか?
  記者は、上海地下鉄のホームページ上に、9月26日に公表された企業ニュースにて“近日起こった7・23(今年7月23日に起こった甬温線の高速鉄道事故)という重大な交通事故から深く教訓を学ぶため、“最大限の注意をもって国慶節を迎え、全力で安全を保証する”という動員会及び安全生産大検査総括会の招集が為されているのを発見。
  更に、驚くべきことには、この安全生産大検査総括会の行われたすぐ後に今回のこの事故が起こった、という事実である。
【疑問その四】
事故発生5時間後に何故運行が再開されたのか?
  19時28分、上海地下鉄ホームページに掲載されたニュースによると、“現在上海地下鉄10号線全線において正常運行再開しました。全ての利用客の乗車可能となっています。”とのことであった。これにより、多くのネットユーザー達から疑問の声が沸き、“山東揚嵩”は、“詳細な調査結果が出る前に何故急いで運休を再開させるのか?”と意思表示、多くのユーザー達もまた、調査結果が出てから運行再開するべき、でなければ信用できない、と認識している。
初段階の調査結果発表
作業員が厳格に執行規定を守り切れなかった事により事故発生
新華社報道より(記者:陸 文軍)
  上海地下鉄10号線“9・27”事故は各方面からの注目を集めている。上海市委員会、市政府主要責任者の指示により、関連各部門において即座に厳格調査が行われた。調査の結果、作業員が車両運行において関連規定を厳格に守らなかったことから今回の事故が発生した事がわかったとのこと。
  事故発生後、事故調査組織は直ちに調査分析を開始。全市内の地下鉄運営を担う“申通集団”も夜通し自社調査を行った。
  調査後、当日設備が突然失電し、運営信号配信の中断を招き、地下鉄10号線の車両運行院は人工車両運営に切り替えた、しかし、関連作業員が厳格に関連管理規定を守りきれなかったことから、今回の事故発生が起こったということ。
  今後の引き続きの調査結果が明らかになった時点で、社会各方面に向けてその原因、経緯を公表するとともに、事故責任者の追及を行っていくとのことである。

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黒龍江省生活報 (2011年9月27日)

女性、倒れている老人を助け起こす

老人の家族曰く:あなたの責任でないのなら何故病院まで送ったのか?

■■訳者ひとりごと■■
この、「助けた老人が逆に慰謝料等を不当に請求」という事件は最近中国のあちこちで起きているそうです。
私達語学教室の先生も皮肉を交えて話していました。
中国は、遥か昔から『孝』『仁義』など、孔子や老子らの思想を重んじてきた国です。
ただ、その長い歴史の中で色々な混乱もあり、現在のこの混沌が生まれています。
パワーあふれる国ですが、その昔からの素晴らしい思想が壊れない方向にあってほしいと思います。

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
  北京の候さん(女性)が話すところによると、彼女が市場で野菜を買っていた際に、70をいくらか過ぎた位の老人が道に倒れているのを発見らしい。彼女は老人を助け起こし、足をさすってやり、病院まで送っていた上に検査費用まで立て替えてやった。しかしなんと、老人の家族は候さんに5,000元(約6万5千円)の入院費デポジットの支払いを要求してきたという。その後更に、候さんに医療費の支払いまで強要し、“雷峰に学んで良い行いをするなら、最後までやり遂げねばならない。”とのたまったというのである。
  26日午後21時までの時点で新浪ブログサイト上で同種記事が既に千回以上回覧されている。この事件ついて候さんは、自分は良いことをして逆に無実の罪を着せられてしまった、と話している。老人側はだが、候さんの押していたショッピングカートにつまづいて転んだのだから、彼女は責任を取るべきである、と表明している。事故発生時に目撃者はおらず、また、監視カメラ等の録画も無いため、候さんは、目撃者を探しだし、法的手段を通じて自身の潔白を表明したい、と話した。そしてまた、ネット上の“助け起こす”べきかはたまた“為さぬ”べきか、の論争に一層激しい論争が巻き起こった。

事件の追想
  候さんの話によると、25日7時頃、彼女が妹と北京花家地野菜市場で野菜を購入していた際、ふと振り返ると一人の70歳と少し位の老人が地面に倒れているのを発見。その時は深く考える間もなく、彼女はすぐに駆け寄り老人を助け起こした。「彼は私に、ありがとう、と言い、更に、私に、良い心を持っている、とも言ったのよ。」
  候さんは、老人を助け起こしてからその足をさすり、すごく痛い?等と聞いてやり、更に、タクシーで病院まで送って診察をしようとしていたという。「彼は私を行かせようとせず、自分の医療費支払いは公費負担であるし、息子がすぐに車で迎えに来て病院に連れて行ってくれる、と言っていたんです。」
  8時頃、候さんの妹と老人の家族が中日友好医院に到着。

  「受付費と検査費は高くも無かったし私達が支払いました。(※中国では受付、検査、診察、と項目毎に支払いが必要)検査した結果は骨の裂傷で、入院が必要とのこと。老人の家族は我々に5000元(約6万5千円)の入院費デポジットの支払いを要求してきました。」候さんの義弟、尚さんは言う。「病院に送り届け、我々は既にあらゆる善意は果たしました、老人が転んだ事は我々とは一切何の関係も無いし、我々は只、雷峰の精神に学んで良い行いをしただけであって、当然支払いはできません。」尚さんは直ちに通報し、病院を後にした。
  25日15時頃、転んで倒れていたその老人、李学文氏の息子は老人を背負い、尚さんの家の門までやってきて、老人の医療費の支払いを要求。
  「その時その息子は、『あなたの責任でないなら何故病院まで送ったのか』と問いただしてきましたので私は、雷峰の精神に学んで良い行いをしただけだ、と返答。すると彼は、『雷峰の精神に学んだのであれば、最後までやり遂げるべきだ。』と言ってきました。」尚さんは再度警察に通報した。「我々はちょうど婚礼の準備をしているところで、これ以上厄介な事になっても困ると思い、警察の調停のもと、彼らに2,500元(約32,500円)の入院デポジットを支払いました。」
  候さんは、「以前にテレビで、倒れている老人を助け起こしてはいけない、という様な話題について目にした事はありましたが、まさか自分がこんな事件に遭遇する等思ってもみませんでした、」と言います。
  25日20時頃、78歳の李学文老人は病院のベッドに横たわり、事故発生時、彼は候さんと正面から行きあう形で歩いており、候さんはショッピングカートを引いていた、と記憶をたどって回想した。「市場の道は狭く、彼女の引いていたカートが私をつまづかせたのです。」老人は、候さんは責任を負うべきである、と話した。候さんは、「カートは足元において、私は野菜を選んでいた。私が彼をつまづかせたなんてありえない。」と言う。老人の転んだ原因は彼女にも不明だとのことである。

ネットユーザー評論
@默読傷悲阿達拉布:死んでも助けてはいけない。社会道徳は後退の一途をたどっているのだから。
@南方都市報:助けるべき、先に三枚程写真を撮ってからね。

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黒龍江省生活報 (2011年9月19日)

九・一八事変(満州事変)80周年

東北三省、初の合同儀式

■■訳者ひとりごと■■
18日当日、確かに9時頃にここハルピンでは鐘の音や警報は聞こえませんでしたが、「おお~~」という中国人の叫ぶ声が聞こえました。上海から東北地方に来て、色んな場面で戦争の傷跡を感じますが(たとえば、タクシーに乗って日本人だとわかるとあからさまに嫌そうにされたり、「日本人なら中国人に謝罪の意味でご飯でもおごれよ」等と言われたり)、これもその一つでした。
ここハルピンに住む日本人として、もっと歴史を勉強しないと、と思い新たにしました。

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
※九・一八事変について:日本では『満州事変』と呼ばれる。1931年9月18日、日本軍が瀋陽の北郊柳条湖で鉄道を爆破し、それを中国側の仕業だとして軍事行動を開始した事件。これを契機に日本軍は中国東北地方(旧満州)を侵略した。
新華社報道より(記者:徐楊)

  今年9月18日で“九・一八(満州)事変”勃発から80周年を迎える。当日午後、東北三省(遼寧・吉林・黒竜江)は瀋陽にて初の共同儀式を行い、鳴り響く鐘と警報の音で人々の心に「国辱を忘れず、中国を発展させよう。」と呼び掛けた。
  聞けば、今年の催しは創始以来最大であり、28名の、副省級、副軍級以上の指導者達がこの鐘つきの儀式に参加したそうである。
  9時16分、重厚な鐘の音が瀋陽の“九・一八歴史博物館”前広場にこだまし、高くそびえる歴史碑は永遠に1931年9月18日のそのページで止まっていた。14回の鐘の音は1分56秒間鳴り響いた。この14回という回数には、“九・一八事変”が起こってから東北が14年間に渡って侵略され続けてきた、という意味が含まれている。
  この日、松花江のほとりから長白山のふもと、黄河の岸辺から香江の両岸まで、全国で100以上の都市で防空警報が鳴り、共に“九・一八”80周年を記念した。

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黒龍江省生活報 (2011年9月17日)

≪辛亥革命≫南京にて封切り上映

ジャッキーチェン:これは記念とするに足る映画です!

■■訳者ひとりごと■■
この映画は公開前から非常に話題になっていて、そのひとつが「大スターが皆出演する!」という理由だそうです。
中国人は本当に歴史物が好きで、毎日のようにテレビでも歴史物ドラマが放映されています。
あまり中国の映画館に行くことはないですが、これは一度観に行きたいな‐と思っています。

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
本紙記者現場直撃
長春映画製作所、上海映画集団等の合同で制作された映画≪辛亥革命≫が9月23日に全国公開上映となる。15日に南京にてプレミア式典が催された。映画の総監督でありまた、劇中では黄興(辛亥革命指導者。華興会を創設。中国同盟会発起人の一人。武昌蜂起で戦時総司令。第二革命に失敗して日本に亡命、後に渡米)役を演じるジャッキーチェン、監督の張黎、趙文瑄,李冰冰,孫淳,陳冲,胡歌,房租名、等制作メインスタッフが集まっての初の顔見せとなった。ジャッキーチェンは現場で“全てを出しつくした”撮影現場でも楽屋裏でも同様に、全てを言い、出しつくしたという。黄興の孫である黄与群も式典に出席し、ジャッキーチェンと趙文瑄に黄興と孫中山の肖像画を贈った。

ジャッキーチェンの百作目、張黎の初回作
  映画≪辛亥革命≫は『血染めの黄花崗』『武昌での最初の蜂起』『陽夏の保衛戦』『共和制の創設』の四つの章でストーリ‐が作られており、維新変法の失敗後、孫中山、黄興らが帝政を打倒し、共和制を設立する話である。≪辛亥革命≫はジャッキーチェンの第百作目の映画である。ジャッキーチェンは、「実は、自身の百作目記念に他に映画を撮ろうと思っていた。しかし、この様な、辛亥革命を記念する映画の事を聞き、“この映画は大変意義がある。もし参加しなければ、一生悔やまれるだろう”と思った。」と話した。   ジャッキーチェンは映画の中で黄興を演じているが、実は撮影前には辛亥革命という歴史についての知識は余り深くなく、黄興という人物の事に至っては、全く知らなかった。この映画の撮影はジャッキーチェンにとって得るものも多く、彼は、感動しながら“だんだんと国家の歴史を深く知るようになった。90年代、00年代生まれの若者達にも、常に新しいものばかりを追い求めるのではなく、歴史を知ることは大事である。これらの人物がいなければどうやって今の中国があり得ようか。」と語った。
  映画≪辛亥革命≫の中で、ジャッキーチェンは総監督を、張黎は関東をそれぞれ担当している。張黎は以前はカメラマンであり、馮小剛のお抱えカメラマンでもあった。≪天下无賊≫の中に“黎おじさんが非常ご立腹である、この結果はひどいものだろう。”という有名なセリフがあるが、これは馮小剛のジョークである。≪走向共和≫から≪中国往事≫≪人間正道是滄桑≫まで、張黎は一連の優れたテレビドラマを撮影している。≪辛亥革命≫は彼の初めて監督する映画である。
プレミア式典の現場で、司会進行の孟非は総監督と監督の間の関係に非常に興味を示し、“一体どちらがどちらの言う事を聞く感じだったのでしょう?張黎氏は非常に短気で有名ですし。”と尋ねたところ、張黎は笑って“ジャッキ‐チェンは兄貴の風格を持っており、いつも私に優しく譲ってくれてました。”と話した。ジャッキーチェンはこれもまた謙虚に“張黎氏に学ぶことは非常に多かった。なんでもわかっていて、登場人物の各一人ひとりの出身、家庭の事情等全て一つ一つ説明してくれ、私は只わかったふりをしてるだけであった。現場では我々は、文劇は彼の言い分を聞き、武劇は私の言う事を聞くようにしていた。”と語った。

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黒龍江省生活報 (2011年9月15日)

黒龍江省ハルピン市今年の冬の熱量供給費用は暫定的に前期分参照基準とする

利用者である住民は一平方メートル当たり40.35元(約525円)を支払い、新たな基準値が発表され次第多く支払った分は払い戻し、足りない分は追加支払い、とする。

■■訳者ひとりごと■■
上記ニュースで言われている“供熱”とは、中国東北部で使用されている『暖気(nuanqi)』の事です。これは、各地区毎にボイラー室を設け、そこから各家庭、住居にパイプを通して温水(油?)を流して部屋全体を暖める暖房器具で、韓国のオンドルの様なもの。真冬は室外の気温がマイナス30度以上となるここハルピンにおいても無くてはならないものです。
これは、毎年政府によって、「何月何日から何月何日まで」が決定され、一斉にスタートするもので、各個人単位でその開始日等をずらしたりすることはできません。
この供給が始まると部屋の中は常に一定の温度が保たれ快適(日本や上海より逆にすごしやすい)になるのですが、その始まる前数週間が非常に辛いものだそうです。
今既に最低気温5℃等を記録しており(まだ9月半ばなのに…)、ちょっと先が思いやられます。一般的には暖気の一斉開始は11月頃だそうです。

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
本紙報道(記者:孫殿喜)
 今年もまた、冬の熱量供給期が近づいており、ハルピン市のいくつかの供熱会社は既に住民に対して熱量費用の徴収を開始している。では、今年の熱量費用は一平方メートル当たりいくらとなるのか?どのように支払うべきか?14日、記者がハルピン市住宅局にて調査したところ、現在政府の関連部門は未だ今期の熱量価格基準を発表しておらず、供熱企業及び利用住民は昨年度の基準に基づいて支払う事になっている、という。政府より正式に今年度の熱量価格基準が発表され次第、再びその新たな基準に従って計算をし、既に払い込んだ費用については“多い分は払い戻し、足りない分は追加徴収”が原則となる。

一平方メートル当たり40.35元(約525円)
 つい最近、群力新区の住宅を購入したばかりの李さん(女性)は、彼女が購入した住居は既に、入居と同時に熱量費、使用面積一平方メートルにつき40.35元の徴収を行っており、入居時説明書にも“多く支払った分は払い戻し、足りない分は追加徴収を行う”と注意書きが為されていたという。“熱量費は一平方メートル当たり一体いくらなのか?多い分は払い戻し、足りずは追加徴収とはどういう事なのか?”  李さんの提示した質問に対して、記者がハルピン市住宅局に問い合わせて確認してみたところ、今年の供熱期(2011~2012年度)のハルピンの熱量供給費用の基準は未だ公表されておらず、間もなく政府より発表されるであろう。新たな基準値が正式に発表される前については、供熱会社及び住民は昨年度の供熱期の基準に基づいて費用の支払い手続きを行い、今期の基準値についての政府の正式な発表がされ次第、新たな基準に基づいて手続きを行う。既に払い込まれた費用については“多い分は払い戻し、足りない分は追加徴収”の原則が適用される。ハルピン市の2010~2011年度の熱量費用基準値は、利用住民は使用する住居一平方メートル当たり40.35元(約525円)となっており、非住居利用者は一平方メートル当たり44.49元(約580円)となる、ということであった。 
 この他、間もなく施行される今期の新たな≪黒竜江省都市供熱管理条例≫の規定によると、供熱期間内に、供熱会社は各住居の寝室、リビングの温度を二十四時間18度以上に保つこと、が定められているという。また、ボイラーの分散利用、その間欠式稼働を採用し、一日当たりのボイラーの稼働時間は16時間以下であってはならない、とされている。

今年も依然、公式に手当支給あり
 熱量費用の手当に関して、今年の供熱期の労働者の熱量費手当規定については未だ発表されていないものの、昨年度の関連規定を参考に一応確認されているところによると、今期の供熱期間の労働者手当の全体的原則として、熱量費用手当は各家庭を一単位とし(住宅のあるなしに関わらず)、その家庭の要員の中で最もその職位が高い者を手当支給の対象とし(男女問わず)、その職位の定める住宅面積の最大限の制御標準をもって手当額が決定される、また、その対象者の所属する単位(企業)がその支払責任を担い、その他の家族要員の所属する企業は重複しして支払う必要はない、供熱企業は直接利用者に対して費用の徴収を行うものとする。
 前期の供熱期間にハルピン市で実施された規定では、熱量費用手当の範囲はハルピン市内(呼蘭区、 阿城区は含まず)に限り、また、各期間、企業等の単位(外資、民営等その他経済形式の企業含む)及び民間非営利団体、企業所属の在職また離職、退職者に限る。また、労働者の給与の中に既に熱量費用が含まれている場合は除く。住宅面積基準は≪ハルピン市住宅制度改革指導組織による〈黒竜江省都市住民住宅面積制御基準の暫定的執行規定の徹底的実行〉に関する通知≫に規定される各職位及び各種住宅面積の上限制御基準に基づいて施行される、ということであった。
 この他、企業及び民間非営利企業の各種人員の住宅面積基準はその単位の実際状況と合わせて上記規定に基づいて実行される。手当の比例は90%確定されており、その他10%については個人負担となる、となっている。

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黒龍江省生活報 (2011年9月13日)

黒龍江省ハルピン市80歳以上の高齢者、1900万人を超す!


14箇所の省にて高齢者特別手当制度を実施
我が省(ハルピン)では低収入の高齢者に対して毎月100元を支給

■■訳者ひとりごと■■
2011年5月時点での中国の総人口は13億3千9百万人。そのうち1,900万人が80歳以上であるという。その総人口から見れば1.5%程だけれどもなにせその全体数が多いので2050年以後すぐにも中国の老人の数が今の日本の総人口に追いつきそうな勢いである。
60歳以上ではなく、80歳以上の正真正銘の老人がこんなにも・・・。
また、ここ中国では夜には老人たちがカセットデッキで音楽を流して皆で社交ダンスを踊っていたり、昼間はマンションの敷地内で椅子に座って編み物をしながらおしゃべりしたり、麻雀やトランプに興じていたり、となかなか楽しそうに暮らしているし、まだまだその数は伸びそうだ。

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
現在我が国では80歳以上の高齢者が既に1,900万人を超えており、2,050年には80歳以上の高齢者数は1億人を超すであろうという見通しである。民政部部長の李立国氏は、現在全国で既に14箇所の省において全面的に高齢者特別手当制度の実施を始めており、およそ800万人の高齢者がその恩恵を受けている、と話した。記者が調べたところでは、この14箇所の省とはそれぞれ北京、天津、吉林、黒竜江、上海、浙江、江蘇、広東、雲南、西蔵、陝西、青海、寧夏及び新疆である。
 これら14箇所の省のうち、寧夏省の80歳以上の高齢者への支給額が最も高く、“満80歳から89歳”“満90歳から99歳”“満100歳以上”の3パターンに分けてそれぞれ毎月255元(約3,315円)、331.5元(約4,310円)、300元(約3,900円)(省内都市平均)となっている。その他、100歳以上の高齢者に対しては寧夏省以外に吉林、上海、江蘇の支給額もそれぞれ比較的高額であり、毎月300元(約3,900円)もしくは300元以上となっている。北京、天津、陝西等ではそれぞれ毎月200元(約2,600円)が支給される。
 この他、北京及び黒竜江省も比較的高額の支給を行っている。中でも、北京では毎月満80歳から89歳の北京市に戸籍を持つ高齢者に対して100元(約1,300円)の在宅養老サービス券を支給している。黒竜江省では毎月100元の現金を支給。しかしまた、黒竜江省は規定としてこの100元を受け取ることができるのは低収入(生活保障が低い事も含む)の高齢者に限る、としている。
 分析の結果わかった事は、各地の高齢者特別手当支給制度はその年齢別、受領条件などにおいて差異があり、ある地方ではその敷居は高く、その特別手当を享受できる100歳以下の老人が“少なすぎ”たり、またある地方ではその恩恵はまだまだ普遍的でなく、低収入者だけがその恩恵を受けることができる、等の状況が依然としてある、という事である。

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黒龍江省生活報 (2011年9月9日)

月餅だけじゃない!様々な伝統美食

鳳凰
中秋節のお月見の風習は唐代に栄えはじめ、多くの詩人の名詩の中にも月を詠む節が入っている。宋代、明代、清代に宮廷及び民間の人々の間に月を拝み愛でる様々な形の風習が出来、広まった。わが国では各地に未だに多くの“拜月亭”や“ 望月楼”(月を拝む祠や楼)の古跡が残っている。毎年中秋の名月が昇ると、屋外にテーブルを出して月餅、ザクロ、ナツメ等、木の実や果物を供え、月を拝んだ後一家全員でそのテーブルを囲んで座り、食べたり語り合ったりしながらその名月を愛でる。民間では月を愛で、祭り、月餅を食べたり団欒を祝ったりする一連の風習以外にも、各地方によって“草龍舞”を踊ったり“宝塔”を積み上げたりする催しもある。また、月餅以外にも、各種のその季節の新鮮な果物、木の実及び各ご当地料理が中秋の夜の美食として楽しまれる。

■■訳者ひとりごと■■
今年は“留学生”という身であることからか、様々なところから思いがけずもらったりして割とたくさん月餅を食べている。
一番おいしいと思うのはやっぱりスタンダードな「卵の黄身の塩漬け入り」のもの(あんこの中にしょっぱい黄身が入っていて、最初は 「奇妙!」と思ったものの、甘い⇔辛い の絶妙な取り合わせにくせになる。)。
ハルピンというか、東北のものの特徴は、皮が割とあっさりしていて油っこくない、という事みたいだ。
(北京や上海のものはラードが塗ってあって油っこい。)

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
北京
“老北京(生粋の北京人)”の伝統的月餅は紅いもの、白いもの、それにまた“提漿月餅”もある。“提漿月餅”とは月餅の表面の皮の部分の一種の作り方で、わかりやすく言うと“提漿”とは、水あめを煮詰めたシロップであり、その他更に皮の中に一定の量の油(ラード)を入れてそのサクサクとした風味を出すものである。また、回教徒≪※寧夏、甘粛、青海に集住し、中国各地にも分散的に居住する。主に元代に西方より移住したアラブ系、ペルシア系、トルコ系のイスラム教徒が漢族と混血して形成された。言語は“漢語(中国語)を用い、イスラム教を信仰する。戒律により豚肉を食べず、マホメットの旧表記“馬哈麻:mahama”にあやかって“馬”を姓とする者が多い。多くは黒か白の縁なし帽子をかぶる。≫が購入する際にはラードをバターに代えて代用する。これらの月餅はその特徴として皮がサクサクとし、中の餡は香り高く、“老北京”は中秋節に特に好んで食べる。また、市場においては旧暦の八月(中秋節は旧暦八月十五日)は秋晴れの空高く、カニがその身を肥やす時期であり、カニを味わうのに最も良い季節であるため、北京では特に“酔蟹(酒に漬け込んだ蟹)”を良く食べる。

福建
福建には中秋節に鴨を食べる風習がある。この時期は鴨が最も肥えておいしい時期であるため、福建人は福建の特産である檳榔(ビンロウ)芋と鴨を一緒に焼き、檳榔芋鴨と呼んで食べるが、非常においしいものである。

江蘇
南京人は中秋節に月餅を食べるほか、金陵の名物料理である“桂花鴨(モクセイ鴨)”も必ず食べる。“桂花鴨”はモクセイの香りが漂う季節に市場に出回り、その身は非常に肥えているがしつこくなく、味も口当たりも良いものである。また、酒の後は必ず“小芋飴”を食べる、そのシロップはモクセイから出来ており、言うまでもなく旨いものである。“桂漿(モクセイシロップ)”の名は屈 原(戦国楚の政治家・詩人。楚国の命運を嘆き、汨羅に身を投ず。「離騒」「九歌」「漁父」等の『楚辞』を作ったと言われる。)の≪楚辞・少司命≫の中の一節、“援北方閉兮酌桂漿(北方を助けた後、桂漿を注ぐ。)”から取られている。桂漿(モクセイシロップ)は桂花糖とも呼ばれ、中秋節前後に摘まれて砂糖及び梅の燻製といっしょに漬けこまれたシロップの事である。江南の女性は手先が器用で、詩の中に詠まれた物がそのまま卓上の美味となって再現される。南京の人々は中秋節に一家団欒して月を愛でることを“慶団圓”、共に座って酒を飲むことを“圓月”、市街地に遊びに出る事を“走月”と呼んでいる。

浙江
杭州の“蒓菜鱸魚※(※左に火へん、右に会)(ジュンサイとスズキの煮込み)”は、ちょうど中秋節の頃ジュンサイ及びスズキが最もおいしい季節であるからという理由からばかりでなく、晋の時代に張翰借とう歴史上の人物が故郷の“蒓菜鱸魚※(※左に火へん、右に会)”に思いこがれて自らの高い位を捨てて故郷に戻ったという史実からこの地方の中秋節の名物料理となった。この話は古くから伝わる美談であるだけでなく、ジュンサイを故郷を思う気持ちの象徴的な食べ物と為し得た。ジュンサイは中秋節の名物料理であり、また、その時期の季節料理でもある。

四川
月餅を食べる以外に、四川の西部地方では、燻製の鴨が中秋節には欠かせない食べ物である。料理人はその年に生まれた小鴨をしめた後、その身を開いて内臓を取り出し洗った後、翼と脚を取り、塩をして一晩漬け込む。その後、沸騰した水の中に短時間入れ、その皮をピンと張らせてアクを取り除く。燻製鍋の中に入れて稲わらを使ってその身が茶色くなるまで燻し、燻製鍋から取り出して今度は普通の鍋の中で煮込む。その色が金色に光って肉質が柔らかくなり、濃厚な香りがしてきたら出来上がりである。燻製鴨を作るには、煮込む際の調整が重要である。長めに煮込む必要があり、煮込む際には適量の香料、食塩、水あめを加えて重しをのせ、鴨が十分煮込み汁の中に使っている状態にする。煮込み時間は通常大体20分前後であるが、時間が長すぎると鴨肉が硬くなり、その口当たりに影響する。

広東
潮仙の中秋の美食はその種類が非常に多いが、主なものとして大まかに3種類に分けられる。まず一つ目は、菓子類である。潮仙の各地の月餅には甘いもの、塩味のもの、肉入りのもの、色々な具が混ざったもの等、多種多様にそろっている。更に、小麦粉から作られた菓子類、柔らかい飴状の菓子、雲片糕(米の粉に砂糖、クルミを混ぜて固めた物を薄片状に切った茶菓子)等も皆中秋節のお菓子である。二つ目、潮仙地方では中秋節の頃は空高く空気も澄んでいて、果物の最もおいしい季節である。ザボン、柿、楊桃、パイナップル、ザクロ、オリーブの実、バナナ等これらも皆潮仙の人々の中秋の美食のひとつである。三つめは、農産品である芋、かぼちゃである。潮仙の人々はこれらを使って“芋泥(マッシュドポテトの様なペースト状の芋)、シロップ飴等を作って好んで食べる。中でも、中秋節の月餅は潮仙人の一年に一度の伝統食であり、その時期に月餅の旨さを味わわない潮仙人等一人とていない。月餅は各種の形をし、潮仙各地でもそれぞれその地の特色を持つものであるが、只一つ共通の特徴として、そのまんまるい形は不可欠なものとされている。

貴州
黔(qian:貴州の別名)式月餅は広東式月餅とは異なり、「焼く」調理法が用いられる。小麦粉500g、ラード、液状の麦芽糖、水をこね、混ぜ合わせ、“水油皮”を作る。小麦粉250gとラードを混ぜて“干油酥”を作る。それぞれ別に混ぜ合わせて作った後、水油皮の中に干油酥を包みいれ、一つ40グラムずつのタネに分け、各それぞれ丸くして置いておく。ゴマ、木の実、クルミ等を炒って細かく砕いたものを混ぜ合わせ、細かく切って火を通したハム、ナツメ、木の実の餡、熟粉(もち米から作られた粉)、氷砂糖、塩をよく混ぜ合わせて餡を作る。適量の餡を、皮として作って置いたタネの中に入れ、包み口を下にして少し押して楕円形に整え、油を塗ったオーブンの中に入れる。上火210度、下火180度に熱したオーブンで15~20分程焼き、表面が黄金色になり中まで火が通ったら出来上がり。色つやも金色に光り、外側はサクサクと、断層も綺麗であれば成功。餡の中身は甘さの中に塩味もあり、香り高く口当たりも良い。また、栄養も豊富である。料理人からの注意点としては、この月餅の生地の断層は薄く均一で無くてはならず、オーブンに入れる際には下に油紙を敷くと良い、とのことである。

中国ニュース翻訳配信     

黒龍江省生活報 (2011年9月8日)

生後2日の赤ん坊に“排便障害”として二か所の病院で二つの診断、二つの価格

10万元(約130万円)の手術費と8角(約10円)のパラフィン油代、何故こんな大きな差が?
ウェブ主催者:@優酷ネット(※中国最大インターネットサイトの一つ)

■■訳者ひとりごと■■
ここハルピンでは一度だけ病院に行きました。その時は足の捻挫で、地元の骨科病院に行き、漢方薬の様なものを足に「ぺっ」と 塗られて終わりでひどくあっけなく、なんだか不満足だな‐と思っていたのですが、この記事を読んでみると、逆にその医者は良心的だったんだな、と思えました。
中国では病院は治療費用を稼ぐために必要以上に検査、手術を勧める、という話はよく聞きます。
日本だと「様子を見て、ひどくなるようだったら手術を考える」というような状況でも中国だとすぐに「手術!切りましょう!!」と言われるそうです。
それにしても、子供の便秘で人工肛門を、、、というのはすごいですね。

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
深セン市民である陳氏の息子は生まれて間もなく、腹部が少し膨らんでいた為に深セン市のとある病院では、その生後二日の赤ん坊の10枚以上のレントゲン写真を撮り、先天性の巨大結腸だと診断、赤ん坊の排便に障害があるため、瘻管を造る手術を提案し、手術費用は10万元(約130万円)を超えるという事であった。その後陳氏が子供を連れて広州に治療に行ったところ、そこの医師はたったの8角(約10円)のパラフィン油の値段だけを取り、子供の病気は全快してしまったというのである。

ネットユーザーによる評論
@SHMILY_M:医師の品徳の問題か、または医療技術の問題であるのか?
@心_Leaf:医学を学ぶ友が必要だ!
@浮遊炮sama:8角と10万、、、なんともはや!

事件のおさらい
  陳氏の説明によると、8月19日に子供は深セン市人民医院にて誕生、その時医師は子供の腹部が少し膨らんでいる事を発見し、転院して更に検査をすることを勧めた。8月21日、子供は深セン市のある病院に転院した。
  病院は最終的に、先天性巨大結腸であると診断を下し、赤ん坊の排便に障害がある事を指摘して瘻管を造る手術を勧めた。いわゆる瘻管を造る手術というのは子供の腹部に穴をあけ、臨時的に人工肛門を造り、排便しやすくするというもの。6カ月後に再手術をし、臨時肛門を閉じて、更におそらく腸の修復手術をすることも必要となるとのこと。3度の手術及びその後の治療費用は10万元を超す見込みである、ということであった。
  医学の知識のある陳氏はこの診断結果、特に手術治療をするという方法に疑問を抱いた。そのため、彼は手術を拒否し、8月24日、病院側は“病状告知書”を発行、内容は家族に子供の病状を知らせるものであった。更に病院側は手術治療を勧めたが、患者の家族から拒否された為、やむなく腸洗浄等の保守的な治療のみをひとまず施すにとどまった。陳氏は“病状告知書”に署名をしている。
  やむを得ず、8月25日、陳氏は子供を連れて広州市児童医院に治療を求めに行った、広州の医者は陳氏の持っていった深センでの検査及び診断結果を見、子供の腹部を触診、更に呼吸を聞いて症状はそれほど重くなく、しばらく観察が必要である、と判断を下した。
  広州の医師は、正常に食事を与え、細かく観察することを強調。また、その医師が示した治療費用は、子供の排便を促す為のたった8角のパラフィン油代のみであり、病状に何か変化があれば再診に来るように、と言う事であった。
  子供を連れ帰った後、正常通りに食事を与え、いかなる薬も与えなかった。ただ一度だけ、パラフィン油を使用しただけで子供は排便が出来るようになったそうである。その後子供は食事、排便共に問題無く、その体も日一日と成長していった。陳氏一家は病院の誤診に対して質疑を呈して訴訟を行った。陳氏は、既に病院側の書記とは連絡がついており、彼らも7日後に何らかの見解を示すことを承諾していたが、現在、既にその7日間が過ぎ、5日間の延長が申し入れられたという。あるいは病院側が何らかの意図で延長させているのではないか、と疑い始めている、と話した。そして、陳氏一家の強い催促のもと、病院側も来る9月8日の午後、患者に対して調査の結果を示す、と表明した。

中国ニュース翻訳配信     

黒龍江省生活報 (2011年9月6日)

4匹のヤギが28名の教師生徒を“倒した

今年初めに、東北農業大学応用技術学院の動物生産教育専門学生の劉さん(仮名)は冬季休暇で帰省した。その際父親が、「どうも娘が怒りっぽく、また、何をやらせても動きたがらない。」と言っていたという。劉さんは学校に戻った後、ある学生が実験で波状熱(地中海熱)に感染したという話を聞いた。前学期、彼女もヤギを使って実験したことがあったため、心配になり自ら病院に行き検査をしたところ、波状熱に感染している、と診断された。

■■訳者ひとりごと■■
本件、ここ黒竜江省で起こった事件として、最近テレビでもよく報道されています。
ヤギの解剖実験で手袋も消毒もせず、その後の教室には糞尿、血痕が散乱、しかも実験した学生らは消毒液で手も洗わずに帰った、、、、 どう考えても何かに感染しない方がおかしい。
日本は不潔な事や菌の感染などについて異常なまでに敏感ですが、さすがに『解剖』等やる場合は気をつけてほしいですね。
幸い、これが原因で命を落としたり、というところまでは行ってない様ですが、下手するとまたこういった事が原因でサーズ等の病原菌が流行らないとも言えません。
恐ろしい話だと思います。

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
今年初めに、東北農業大学応用技術学院の動物生産教育専門学生の劉さん(仮名)は冬季休暇で帰省した。その際父親が、「どうも娘が怒りっぽく、また、何をやらせても動きたがらない。」と言っていたという。劉さんは学校に戻った後、ある学生が実験で波状熱(地中海熱)に感染したという話を聞いた。前学期、彼女もヤギを使って実験したことがあったため、心配になり自ら病院に行き検査をしたところ、波状熱に感染している、と診断された。
 劉さんと同じクラスの王さん(仮名)は、「冬季休暇で帰省した後熱が出て、右の太ももに痛みを感じた。医者が言うには、関節炎である、と言う事だった。」更に、彼女は足が痛くて歩けないため授業に出る事が出来ず、膏薬を貼って痛みを和らげていた。半月以上たってようやく少しましになったものの、教室が6階にあって上がれない為同級生が彼女をおぶって上り、なんとか一週間授業に出たそうである。  李さん(仮名)等学生の話では、昨年12月19日に彼らはヤギの解剖学の実験のクラスに出たという。実験で使ったヤギは非常に痩せていて小さく、一見して正常ではない様な状態であった。また、実験室は倉庫の様に大変汚く、雑多な物が散乱。解剖器具は教師が自身で持ち込んだもので、彼は手袋もしないまま実験を開始したそうだ。授業前日、教師は学生に手袋を準備するよう伝えたが、準備してきた者もいれば無い者もいた。実験終了後、手を洗う際に消毒液は無かったそうである。実験室も消毒は為されず、下の学年の生徒達がその後すぐに実験室に入って授業を始めたという。実験室の通路にはヤギの糞便や血痕が残り、ある学生たちは鼻をつまんで入る程であった。  今年3月14日、東北農業大学動物医学学院修士課程0701班のある男子学生に発熱、眩暈に伴い、左膝の関節痛が見られ、東北農業医院の診療後二日後になっても効果が現れず、転院治療を開始。3月14日、省農業開拓総局総合医院の検査の結果、当該学生の血清検査が陽性であり、波状熱(地中海熱)に感染している、との診断が下された。その後、動物医学学院の0701班の6名の学生、動物医学1001班の1名の学生、応用技術学院動物生産教育0801班の16名の学生、0901班の2名の学生、動物科学技術学院動物科0802班の1名の学生らが相次いで波状熱(地中海熱)感染と診断された。
  情報によると、昨年12月、東北農業大学動物医学学院の関連教師は、ハルピン香坊区幸福鎮紀家村青喜養殖場から購入したヤギを使って5回の実験を実施しており、合わせて4名の教師と2名の実験員、110名の学生らがその実験に参加した。その後、教師の何名か派続けて高熱を出し、全身に倦怠感を覚え、関節痛による行動の不便等を訴えたとのことである。
28名の教師生徒が波状熱(地中海熱)に感染し、東北農業大学が昨日謝罪の意を表明
感染した教師生徒合わせて25名が既に臨床治療実施
動物医学学院院長及び党委員総支書記が免職
もし不妊等の症状を引き起こした場合、学校側は法に基づき法律上の責任を負う意向である
学校側は既に17名の学生と賠償協議が成立しており、一人当たり6.1万元(約80万円)の補助金を支払う
我が省は明日より学校動物実験管理の手落ちを徹底調査する見通し

≪事故判定≫
教育者側の規則違反という責任問題が引き起こした事故であり、関連責任者は厳粛処理を受ける
 東北農業大学の通報により、本事故は学校の関連教師が実験の授業中に関連規定に違反したことにより、重大な責任問題事故を引き起こしたものである事を証明している。
 関連規定に基づき、東北農業大学は本事故の関係責任者に対して厳粛処理を行う。:二名の実験指導教師にはそれぞれ降級処分、重大過失を記録し、教師という職種より配置転換を行う。二名の実験員及び一名の実験指導教師にはそれぞれ過失、その処分を記録。また、上記5名の本年度の校内手当金及び年末の賞金の交付を停止し、二年間の専門技術職務の昇給を禁止。更に、1万元から5万元の掲載責任を追及。鄭世民動物医学学院長及び魏萍院党委員総支書記の免職。
 同時に、兼任教学副校長が学校に対して書面検査を提出、学校党制主代表が省委員会高校工委及び省教育庁に対して書面検査を提出した。

≪事後処理≫
学校側は既に17名の学生と賠償協議を成立させている。
 馮曉氏は、本事故は学校側が実験教育中に関連規定に違反した事が重大な教育責任事故を引き起こしたものであり、学校側は全法律的責任を負いたいという考えである、と表明した。“本事故発生から現在に至るまで、我が校はずっと、我々の管理不行き届きにより教師及び学生らを感染させたことで心を痛め、自責の念に駆られております、ここに、感染された方々及びそのご家族に対して深く謝罪の意を表します。”
 馮曉氏は、学校側は何度も、学生及びその家族との相談後に解決案を提示している。一、学校側が学生の今回の治療機関の医療費及び入院費用、食費等の補助金を負担する事。二、司法医学の鑑定を通して、もし今回の波状熱が原因で障害が出た場合、学校側はその障害等級の賠償基準額に応じて全額を賠償する事、鑑定にかかる費用も学校負担とする。三、権威医院の診断を通して、波状熱の再発または今回の波状熱が慢性的に転じてしまった場合、学校側は法律に基づきその治療機関の医療費用等関連費用を支払う。:もし合併症を引き起こした場合は司法医学鑑定によりその合併症と今回の波状熱の因果関係が明らかとなれば学校側は法律に基づきその治療期間にかかる医療費等関連費用を支払う。:もし今回の波状熱が原因で不妊を引き起こした場合、学校側は法律的賠償責任を負う。四、学生が病院の医師の指示におり定期的に波状熱の再検査を行う場合は、学校側はその検査費用、交通費等関連費用を負担する。後、まず一度に3万元の補助金を支払い、一年間の学費6000元を免除、卒業時に創業基金1万元、栄養費(リハビリ費用)1万元を支払い、社会援助金5000元の取得と合わせて、合計で6.1万元の補助金を学生に支払うものとする。六、学生の卒業時、学校側は積極的に就業の手助けをする事。
 馮曉氏は、現時点で既に17名の学生から事故後の改善問題について学校側へのコンセンサスを得ており、関連協議書への署名も終えているが、応用技術学院の10名の学生及びその家族が学校側が提示する解決案に同意を示していない、“学校側は省教育庁の事故処理指導組織の調停のもと、協議を経て学生達と問題に関する解決の模索を続けていく、もし、今後意見の統一が見られなければ司法調停または法律的訴訟という方法による解決となる。”
 この他、省教育庁は明日より専門家による組織により、全省高校実験室及びその実験過程に対して全面調査を行い、その管理における問題及び手落ち点を徹底的に捜査する、という。

≪事故の反省≫
検疫報告がなされておらず、教師学生達の防衛措置も不適当であった。
 ニュース発表会において、東北農業大学のスポークスマンである副校長、馮曉氏は、今回の事件は学校の管理に多くの方面における多くの問題点を浮き彫りにした。:一、東北農業大学の教学動物実験活動の管理において厳戒が欠けており、【黒竜江省実験動物管理条例】の関連規定、実験用動物の購入、管理、使用の制度が守られていなかった。二、法律意識が希薄であり、実験用動物購入時、【動物防疫法】及び関連規定に基づいた検疫手続きが行われておらず、実験前に実験用動物に対して必要な健康検査も行われていなかった。三、法律手順に沿った検疫報告がなされていなかった。四、動物実験教学の実験条件に符合する実験室で実験が為されず、実験に参加した教師、生徒の防護措置が不適当であった。
 学校側の情報公開方面において問題は存在しなかったか。:波状熱感染事件から半年後にようやく明るみに出たが、これ以前に学校側は全校生徒に向けて書面での報告を行ったか、社会への公開について必要を考慮したのか。学校側に僥倖の心理は無かったのか、等記者の提示した質問に対して、馮曉氏は、今回の感染事件は突発的事故であり、学校はこの様な経験はこれまで皆無であった。事故発生時にはいかに全力で生徒に最もよい治療を施すことができるか、を重点的に考えていた。本件は校内での突発事故であり、学校としては上級主管に対して報告を行うと同時に、事故に対する調査、責任者の処罰を行った。情報公開の方面に関しては考慮不足であった、と話した。疫病発生の通報については非常に敏感な問題であるため、中層以上の幹部に報告するにとどめた。
 学校が動物医学院及びその他動物解剖実験に関わった学生に対して本事件の通報を行ったかどうか、学校の実験室に関してその感染防止措置等において落ち度が無かったか、及び、それら落ち度に関する関連補強措置等の問題に対して馮曉氏は、“事故発生後、学校側は直ちに疫病の発生した実験室の全面消毒、封鎖、使用の全面停止措置を実施した。この他、直ちに一切の動物実験及びこれに付随する実験の暫定的停止を実施し、全校の実験室において三度の大検査を行い、更に実験用動物管理方法及び関連実験操作安全規則を整えた。組織だてて実験室の安全教育を実施し、広範囲にわたって学生達の実験室における安全意識及び自己防衛能力の強化に努めた。”と説明した。

中国ニュース翻訳配信     

黒龍江省生活報 (2011年9月4日)

ハルピン市南崗区海閉街154号にて突如火災発生

一階レストランの火が七階まで立ち上った! 五名が火傷を負い、そのうち4名が重傷、原因は現在調査中 本紙3日電報(記者:継凱文 文/撮影)

■■訳者ひとりごと■■
ここハルピンでは、空気が非常に乾燥しているため、火災には特に注意が必要な様です。 特に、建物の多くはまだ日本のように発展しておらず、消火器や非常階段など設置されていないところが多いため、一旦火災が発生すると大混乱を招く可能性が高いです。 私の住んでいる部屋は幸い2階なので最悪窓から飛び降りれると思いますが、中国で事故には絶対に遭いたくないですね…

■■翻訳■■(以下記事の翻訳)
  本日8時40分頃、ハルピン市南崗区海閉街154号民家公寓一階のレストランから火災発生。炎は一時は七階にまで届いた。この事故で老人子供を含む5人が火傷を負い、そのうち4名が重傷とのことである。現在、負傷者はそれぞれハルピン医大一医院及びハルピン市第五医院にて応急処置を受けている。
  9時30分頃、記者が事故現場に到着した際には、火は既に消防員により消し止められており、ビルの中にはぼんやりと、脱出した人々が排水管に括りつけたシーツや地面に捨てられた布団、マットレス等が見え、大勢の消防員が発火点を調査しているところであった。火災が発生したレストランの客席内ではテーブルや椅子が既に焼けて見る影もなくなっていた。また、レストランの入り口には消防員が火災現場から発見してすぐに外に出したガス缶6缶が置かれていた。このレストランに隣接する一軒の赤色の店構えの小さいレストランは、その看板が焼かれ、鉄の枠組みのみとなっていた。

善意の人々が梯子をかけて閉じ込められた住民を救出
  事故発生の情景について、全過程を目の当たりにした多くの市民は未だ恐怖がおさまらない様子であった。“火災は半時間以上続いた”周瑩女史と※(左に魚へん、右に友、上に点)魚圈から出稼ぎに来ている董紅鑫氏はそれぞれ携帯電話で当時の様子を撮影していた、“最もひどい時には、炎がもう七階にまでのぼり、楼内に閉じ込められた人たちはベランダから窓の外に逃げようとしていた。しかし、皆が理性を保っていた訳ではなく、下に降りられないと分かるとすぐに子供を抱いて飛び降りようとする人もいた。幸い、周囲の善意ある人々が口々に叫び、やっと飛び降りるのを止めさせたのだ。更に、たくさんの好意的市民達は梯子を探してきて住民を救い、若い男性はもろ肌脱いで二階に駆け上がり、老人を助けだした。その光景は感動的でもあり、しかしまた同時に恐ろしくもあった。”

母子二名脱出中中に三万元(約39万円)を落とし、大半を紛失
  情報によると、今回の事故で5名が火傷を負い、そのうち4名が重傷であるという。ハルピン医大一医院で記者は3名の負傷者に会った。負傷者の名前は各、修会双(19歳)、井冰(18歳)、沈云霞(38歳)で、修会双と井冰は比較的重傷の為、重傷病棟に運ばれ応急処置がとられていた。この二人の女性の親族は、彼女らは親戚同士であり、どちらも拜泉県出身である事、ハルピンでアルバイトをしながら他の友達らとこのビルの6階に住んでいた事等を記者に話した。火災発生時、二人は寝ていたところ、驚いて起き、パジャマ姿のまま下の階に降りて行ったが、結果、廊下に閉じ込められた。消防員に発見された時には既に重傷の火傷を負っていたという。比較的軽症であった沈云霞は記者に、事故発生時、彼女と息子は5階に賃貸で住んでいる部屋の中でちょうど3万元の現金を銀行に預けに行こうとしていた所であった。子供の大学の学費を払う予定だったのだ、と話した。“私と息子が廊下に出た時、黒い煙と熱気が真正面から顔にあたり、混乱で錯乱状態の中、手にしていたお金をばらまいてしまった。いくらかはすぐに廊下の外にまで吹き飛ばされてしまった。私達二人は夢中で室内に戻ったが、3万元のお金の大半は失ってしまった。”この他、他2名の負傷者はハルピン市第五医院の火傷科で治療を受けており、その二名は祖母と孫の関係である。祖母は今年60歳で孫は9歳になるという。子供の母親である許女史に話を聞くと、小学校3年生になる彼女の息子は特に美術が好きで、毎週末少年宮(こどもの城。学校以外で少年少女に集団的文化活動を行わせる為の施設)に通い、絵を学んでいたそうである。火災発生時もちょうど祖母と息子が出かけるところであり、祖母はその体で孫をかばいながら、二人で廊下に閉じ込められてしまったのだという。
  情報によると、事故発生後、ハルピン市の関連部門は即座に応急機制を発動させ、負傷者の緊急救助をすると同時に事故の具体的原因の調査を開始したとのこと。

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